インタビュー

大前 泉さん
(おおまえ いずみさん)
インタビュー日時:2025年02月18日
卒業:1997年厚生女学院 74回生
所属:東京都特別区保健所
肩書:保健師
――経歴
1977年 慶應義塾大学医学部付属厚生女子学院卒業(74回生)
1978年 新潟県立公衆衛生看護学校卒業
1978~1980年 国立小児病院
1980~1986年、1995~2024年 東京都特別区保健所
――看護師を志した理由
小学校の卒業文集に、看護師になりたいと書いていたように思います。漠然と女性の自立した職業として、教師か看護師と考えていたようです。
――学生時代の思い出について
私は入学してすぐに慶應義塾大学の公認学生団体である医事振興会に入部し、授業が終わると部室で過ごすことが多かったです。先輩のドクターやナースがよく顔を出してくださって、地域包括医療とか農村の健康問題のことなど、たくさんお話を聞くことができました。当時私は寮生でしたが、ついつい話に夢中になって門限に間に合わず、明かりのついている窓に小石を投げて、中から鍵を開けてもらったことも、楽しい思い出です。
――「保健師になろう」と思われたのは?
「無医地区の人々の健康を守る」という活動を行っていた医事振興会に入り、保健師さんに出会ったことがきっかけですね。住民の健康相談や病気にならないような教室を開いたり、退院後の在宅看護の指導など、その人の生活に沿って発症予防・悪化予防する仕事に魅力を感じました。
――このたび、東京保健師ものがたり」(東京法規出版)という本を出版されました。この本を書かれた経緯についてお教えください。
勤務していた保健所で学生実習を受け入れて 乳幼児健診やパパママ学級、家庭訪問などの事業が経験できるようにしていたのですが、4週間ほどの短い実習期間ではこれらの事業の日程と実習日程が合わず経験できない学生もいました。最初の特に家庭訪問は、長い支援経過の全体が伝わりにくいと感じていました。一度介入が終了しても、年単位で間をあけて、再び支援が必要となる方も少なくありません。介入経過が長く、支援の終了よりも担当する保健師の異動が先となるケースもあります。それを補う方法として、学生向けに事例集を書いて小冊子にし、実習中の空き時間に読んでもらうことにしました。

――そうすると看護師・保健師の学生向けに書かれたということですね。
最初はそうでしたね。その冊子が「地域保健」(東京法規出版)という保健師向けの雑誌の編集者の目にとまって、保健師の新任期教育にも使えるのではないかと連載のお話をいただき、書き足して12話になりました。すると読まれた方から「保健師の仕事がよくわかる」との声をいただき、書籍化となりました。
――書くにあたり、大変だったことはありましたか?
やはり個人情報ですね。公務員でしたので、職務上知り得た個人情報をどこまで書いて良いものかと悩みました。実習生は個人情報の取り扱いの教育を受けますが、単行本になると一般の人も読むので、個人が特定されないように背景を変えたりいくつかの事例をミックスしたりして加工しました。著者名も本名ではなくペンネームでと編集者から言われて、慶応の慶をいただいて「和泉慶子」とつけました。
――本を読んで保健師の仕事の大変さが伝わってきました。保健師の仕事のやりがいはどのように感じますか?
私は保健センター、高齢者福祉、児童虐待対応、そして職員健康管理の部署に勤務しました。どこでも対応に悩む困難な事例に出会いますが、特に精神疾患の未治療で、近隣の人から「役所でなんとかしてほしい」と苦情を受けたり、ゴミに埋もれた家や汚物が散乱している家などに介入するのは大変です。それでもなんとか近づいて病状と生活を把握し、治療は往診か入院か、お金は払えそうか、支援者や保証人になってくれそうな人は誰かなど調整して治療につなげます。やりがいは、拒否していた人が少しずつ支援を受け入れるようになったり、病状や生活が改善したりするのを見ることや、「あのとき保健師さんが来てくれてよかった」と本人や家族から言われたりするとちょっと嬉しくなりますね。
――保健師の支援のポイントはどのようなことでしょうか。
保健師は本人や家族が支援を求めてこなくても、支援が必要な人に関わって行く仕事です。病院や介護保険サービスなどの契約行為は必ずしも必要でないことが大きな違いだと思います。健康に問題があっても相談する力のない人もいます。そういう人にも、その人の気持ちを聴きながら寄り添いつつ介入して、どのような支援なら受け入れるのかを模索します。保健師はいつも支援をして差しあげるのではなく、はじめは保健師がやってみせ、次は一緒にやり、今度はその人がやるのを見守り、次第にその人が自分の病状を観察でき、どのような状態になったら誰にSOSを伝えるのかなど自分で判断と行動できる力をつけることが保健師の役割だと思うんです。養育環境や生活の価値観は皆さん違うので、相手に合わせた創意工夫と試行錯誤を重ねます。保健師はちょっとお節介くらいの人が向いているのかもしれませんね。
――新型コロナ感染症が始まって以来、保健師の役割が世間で広く知られるようになりました。これから保健師を目指す方へ期待することは何ですか?
相談業務もAIが答えてくれる時代になりました。しかし人の悩みや困りごとには、その人の過去の養育環境や親子関係、経済面など複雑な要因もからんでいます。保健師は直接会って、顔をみて、話を聴いて、一緒に行動して、そういうつながりのある支援が大事なんだと思います。地域の人や関係機関ともつながっていると、支援のチームになってくれたりします。AIには代われない、人間味のある保健師を期待します。
――これから本を読む方に伝えたいことはありますか?
この本は、ケースレビューではなく、読みやすいように物語として書いています。保健師である主人公が、どのようなきっかけでケースと出会い、何を見て何を感じ、ケースと向き合い、時にお節介な介入をしたりした結果、ケースがどのように変化していくのかを一緒に伴走するような気持ちで読んでいただけたらと思います。
――最後に、看護医療学部生へのメッセージをお願いいたします。
みなさんは保健師という職業は馴染みがないかもしれません。地域では、病院のように24時間観察ができ、相談できる医師がそばにいて、医療機材も揃っているという訳にはいきません。本にも書きましたように、その人の理解力や生活経験、家族の事情、経済問題など生活の中で、健康問題に対し、今何が必要で、その解決に誰が何をできるのか、できないところは誰に支援を頼むのか、支援を拒む人にはどのように介入するのか・・・など、コーデネートの役割もあります。それには医学、看護学だけでなく、人を理解する心理学、社会や経済の動向、福祉制度、政策など、幅広い知識が必要となります。ボランティア、NPOの活動、スポーツなど、集団の中での経験も役に立つと思います。大学の授業や実習も大変だと思いますが、社会につながる活動も是非学生時代に経験してみてください。
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