インタビュー

Maki Billington

Maki Billington

(ビリントン 真紀さん《旧姓:松井》)

インタビュー日時:2025年08月19日

卒業:1994年短大4回生

所属:NHS (英国国民保健サービス)

肩書:Advanced Nurse Practitioner(ANP)

経歴

卒業後から慶應義塾大学病院に勤めました。5年間勤務するなかで、燃え尽き症候群を経験し、心身をリフレッシュするために海外渡航を考えました。
当初はオーストラリアでのワーキングホリデーを検討していましたが、最終的に国内外に拠点をもつリゾート施設で約2年間、現地スタッフとして働きました。多国籍な環境の中で、生活に根ざした英語力を身につけられました。
その後イギリスに渡り、外国人向けの看護師資格取得コースを経て、NHSの外科病棟に就職しました。20年にわたって臨床に携わるなか、2004年以降主任として長年後輩指導や病棟のリスクマネジメントも担いました。
勤務先でANP制度が導入されたことをきっかけに修士課程を修了し、ANPの資格を取得しました。現在は人口3万人規模のGP(家庭医)に所属し、幅広い診察、処方、治療に携わっています。

看護師を志した理由

学生時代にマザーテレサに関する本を読み、人に尽くすことの尊さを知り、自然と看護師という職業に惹かれていきました。母から「手に職をつけておいた方が良い」と言われたことが後押しとなり看護師を志すようになりました。

学生時代の思い出

入学時には、新入生代表としてスピーチさせてもらいました。今でも光栄で鮮明に覚えています。
一方で、試験当日に寝坊して受けられず、教室の外で泣いてしまったこともありました。その時、通りかかった見知らぬ先輩に慰めていただいたことが強く記憶に残っています。
また勉強だけでなくバイトにもサークル活動にも活発に参加し充実した学生生活でした。

ANPになるまでの道のり

渡英した時点でANPになりたいと思っていたわけではありません。
外科病棟での経験を積む中で、患者さんの訴えをより深く聴き、診断、治療に主体的に関わりたいという気持ちが芽生え、ANPを目指すことにしました。
ANPを目指すには主任レベルの経験をしておくと良いと思います。師長になるとマネジメント中心になりますが、私は臨床で働くことが好きだったこともあり、ANPという道を選びました。

英国の地域医療とANPの役割

イギリスでは、日本でいうかかりつけ医にあたるGP(家庭医)が地域医療の入口です。予約制のため、受診までに1ヶ月弱かかることもあります。
深刻な医師不足が進む中、専門分野でエキスパートとして働く看護師が処方できる制度を始め、さらに時代に担った修士レベルの教育を受けた各専門分野の看護師を増やすことがNHSで求められています。
しかしANPは医師の代替ではなく補完的な存在として、軽症、急性の対応や慢性疾患のフォローを担っています。
薬局には処方権限を持つ薬剤師もおり、軽症の場合は対応してくれます。しかし患者さんの中には、薬剤師ではなく医師やANPにしっかり相談したいという方も多く、日本と比べて受診の流れがスムーズにいかない場面もあります。

現在の業務内容

現在はGP(家庭医)に所属し、1日あたり約30人の患者さんを診察しています。
対応するのは、発熱・咽頭痛・腹痛などの急性疾患や皮膚などの慢性疾患のモニタリング、メンタルヘルスなど、多岐にわたります。
診断や処方を担う立場として、特に抗菌薬の使用判断や重症度の見極めにおいては、常に責任の重さを感じています。患者さんが欲しいからではなく根拠に基づいた最新医療を常に心がけています。

ANPとして大切にしていること

ANPの核は以下の4つの柱にあります。
Clinical:臨床のエキスパートであること
Education:患者や同僚への教育を行うこと
Leadership:組織内でリーダーシップを発揮すること
Research:根拠に基づいた看護・医療を提供するため研究を続けること
これらを日々の診察の中でどう生かしていくかが大切だと考えています。診察では「一期一会」の出会いを大切にしています。
患者さんから「ANPではなく、医師に診てもらいたい」と言われることもありますが「まずは話を聴かせて」というスタンスで診察を始めます。
相手の想いを受け止めて、ニーズをつかむことで、信頼関係が築けると考えているからです。
最初は抵抗感を見せていた患者さんも、診察室を出る際には、患者さんから「マキ!ありがとう!」と言ってもらえることもあります。
日々困難なできごとに対処していますが、それも私にとっては刺激的でやりがいを感じています。GP(家庭医)と連携しながら、日々乗り越えています。

英国で働く中でのやりがいと難しさ

文化や言語の違いに苦労することはありますが、医療職同士が平等に意見を交わせる環境に、やりがいを感じています。
イギリスで重視されるのは、年功序列、経験、肩書きよりも「何ができるか」です。
自身の力を試しながら成長できる環境に身を置けていることが、モチベーションの維持にもつながっています。
診察で与えられた短い時間の中で、患者さんからの高い期待に応えることには難しさを感じます。患者さんの中には、あらかじめ検査を希望してかかる方もいます。
「頭が痛いからCTスキャンをしてほしい」と頼まれても、まずはガイドラインに沿った対応をしながら、次の対応を考えたり、必要に応じて2次医療機関に繋げたりします。
日本と同じように、国の医療保険制度内でできること、できないことがあるため、限られた受診の時間の中で、理解を得られるよう説明しています。

英国での子育て期の働き方

子育て期は、保育園利用、たまの夜勤や週末勤務を主に、職場のフレキシブルワーキング制度を活用して勤務パターンが同僚と平等に休日、休暇を分け合えるシステムで運営しています。
長期休暇は事前に希望週をチームで調整し、各自1年に7-8週間の休暇が認められています。
コロナの影響もあって、夫が在宅勤務になったことも私がGPで日中働ける優位な環境になりました。

若手看護師へのメッセージ

制度や言語の壁がある中でも、看護の原点は同じです。国境を越えても看護の力は発揮できます。
海外でのキャリアは決して簡単ではありませんが、多様な価値観や文化に触れることで、自分自身の視野や可能性が大きく広がります。また妻となり、母となり、愛する家族を亡くす、自分自身患者の立場を経験することで私の看護も成熟しているんだと思います。
イギリスでANPを目指したい方には、まず日本で5年ほどの臨床経験を積んで、しっかりとした臨床の土台を作っておくことをおすすめします。

卒業生の紹介

インタビューしてほしい慶應看護の卒業生を募集中!自薦、他薦は問いません。ご連絡はこちらから